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​絵本のためのテキスト(ヘンゼルとグレーテル)

 公演予定の幼稚園から、保護者宛てに配る『園だより』にヘンゼルとグレーテルのあらすじを載せたいというご依頼を頂いた。せっかくだから絵本に綴られているような文体にして、子供が眠る前の読みきかせにと思って書きました。

 書き始めると、どんどん長くなってしまって、これじゃあ子供がぜんぜん眠れないじゃないか、と反省して短くしたものを園には送りました(400字くらいのもの)。

 これは長い方のヴァージョンで、長いし怖いからおねしょにも注意。

【ヘンゼルとグレーテルの物語】

〈1〉

 

 気持ちのいい朝、ヘンゼルとグレーテルは大好きな森へやってきました。

 「いいかい、おチビちゃん、木を切る音が聞こえない場所へ行ってはいけないよ」とお父さんは子供たちに言いつけました。そしてお母さんと一緒にお仕事へでかけていきました。

 グレーテルはお花の首飾りをつくって、ヘンゼルにプレゼントしてあげようと思いましたが、この辺りには草ばかり生えていてお花が咲いていませんでした。

 「あっちの方にお花がいっぱい咲いている」とグレーテルは森の奥を指さして言いました。「ダメだよ!」とヘンゼルは言ってグレーテルをとめました。「森の奥には怖い魔女がいて、子供を釜戸で焼いて食べちゃうんだって」グレーテルは森の奥へ続く道をじっと見ながら、魔女がどんな人なのかを考えました。どんなお顔をしているの……?何色のお洋服をきているの……?誰かと一緒に住んでいるのかしら……?

 グレーテルは魔女さんのことで頭がいっぱいになり「お花を摘みながら魔女さんを見てくる!」といって駆け出していきました。

 ヘンゼルはお母さんから渡されたお昼に食べるパンのことなんかすっかり忘れて、グレーテルの後を慌てて追いかけました。

〈2〉

 森の奥へ行くと、今までに見たことのない花や、聞いたことのない鳥の鳴き声を耳にして、グレーテルは大喜びでした。でもヘンゼルは心配でたまりませんでした。というはお父さんとの約束をやぶって、「木を切る音」が聞こえない遠くへ来てしまったからです。

 「さあ、お花もたくさん摘んだし、そろそろ帰ろう」とヘンゼルは言ってグレーテルの手をとりました。ところがグレーテルは首を振って「まだ魔女さんに会ってない!」と言いかえしました。

 それからどすんと地面に座りこみ、ヘンゼルがいくらひっぱっても、もちあげたりしても、絶対に立ち上がろうとはしませんでした。

 木の陰からキノコがとことことやってきて、兄妹たちの横に立ちました。なんて大きなキノコでしょう!お父さんと同じくらいの背丈があります。

 驚いたヘンゼルがグレーテルの背中に隠れました。恐怖のあまり黒目がまん丸く膨らんでいました。

 兄妹たちがそれまで知っていたキノコといえば、しいたけやらエリンギやらマッシュルームやら、そういう小さなキノコだけだったのです。そんな大きなキノコは見たことも触ったことも、もちろん食べたこともありません。森の奥には、わくわくするような素敵な生き物や思わずびっくりしてしまう不思議な生き物がいっぱい住んでいるのです。

 キノコは、大きなまるっこい黒い目で、不安そうに兄妹たちのことをじっと見ていました。「ちょっといいかな君たち、いったい何処にいくんだい」とキノコは考えあぐねた末に尋ねました。

 「魔女さんに会うの!」とグレーテルは即座に答えました。

 ヘンゼルはあうあう〜と変な声を出しました。

 とたんにキノコは、大きな舌をだし、ヘンゼルの顔をペロ〜ンと舐めまわしました。

 「早く帰ったほうがいいぞ」と大きなキノコは兄妹たちに忠告しました。「早く帰らないと魔法の森から出られなくなってしまうぞ」

 ヘンゼルはぶるぶるっと震えながら何度もうなずきました。そしてグレーテルの手を強引にひっぱり「さようなら!」と叫んで走り去りました。

〈3〉

 もう日は沈んで、風が吹きはじめ、キィキィキィという獣の鳴き声が聞こえてきました。兄妹たちは心細くなって身を寄せ合いました。「魔女さん、今日は留守なんだよ、いないんだよ」とヘンゼルは言いました。「お父さんとお母さんが心配しているよ、帰ろうな……」

 グレーテルは何も言いませんでした。ただ小さくうなずき、ヘンゼルの手をにぎりました。

 ちょうどその時、「イッヒッヒッヒッヒ……」という笑い声が聞こえてきました。辺りを見わたすと、どこからか甘い香りが漂よってきました。「あれ、なんだろう……?」、「甘い匂いがする……」、兄妹たちはまるで子犬のようにくんくんと鼻をならしました。それは本当に驚きのことなのですが__『お菓子の家』が現れました!

それはお家の全部がお菓子でできているのです。三角の屋根には雪のようなメレンゲがたっぷりとかかっていて、明かり窓のサッシはビターチョコレートがびっしりとうめこまれていました。

 ヘンゼルはぽかんと、口をあけて、こんなの信じられないという顔でそれを見ていました。グレーテルは目を満月のお月様のようにまんまるくして、息をすることさえ忘れていました。

 お腹がぺこぺこのグレーテルは、生クリームが塗ってある壁をペロッと舐めて「美味しい!」と叫びました。

 ヘンゼルはウェハースでできた太い柱を、まるで虫のようにカリカリとかじりました。二人はすっかり夢中になって、カリカリムシャムシャ……お菓子の家を食べつづけました。

 するとその時、ビスケットでできた大きなドアが開き、紫色のマントにキラキラのドレス、長い髪の毛を三つ編みした小柄なおばあさん(魔女さん)が姿を現したのでした。

 

〈4〉

 

 「こんにちは。私はね、この森に住んでいるとっても優しい魔女さんだよ。おまえさん、なんていう名前だい?」と魔女さんはヘンゼルの顔をすみずみまで見ながら聞きました。

 「僕、ヘンゼル!」とヘンゼルは得意そうに答えました。

 「何?ヘエデル……?なんだかくさい名前だね……」と魔女さんは鼻をつまみながら言いました。

 「ちがうよ!ヘ・ン・ゼ・ルだよ!」とヘンゼル。

 「ああ、ヘンゼルね……」と魔女さんは納得して、今度はグレーテルの顔を覗き込みながら「おチビちゃんの名前は?」と聞きました。

 グレーテルはスカートの裾を持ちあげて、「グレーテルよ」と言って礼儀正しくお辞儀をしました。

 「ヘンゼルにグレーテルだね。やれやれ、最近は目も耳も悪くなっちまってね……年はとりたくないもんだよ。ところでおまえたち、お家の中にね、イチゴがのったショートケーキがあるんだよ。一緒に食べましょう!さあさあ、いらっしゃい」と魔女さんは兄妹たちをお菓子の家へ招きいれようとしました。

 ヘンゼルはショートケーキを、お腹いっぱい食べてみたかったのですが、お父さんとお母さんのことを思い出しました。兄妹たちの帰りが遅いことを心配しているに違いありません。

 「僕たち、そろそろ帰ります」と言ってヘンゼルはグレーテルの手を握りました。グレーテルも今度は素直に、「そうね。かえりましょう」と言ってうなずきました。

 その時、魔女さんがすばやく兄妹たちの手を掴み、恐ろしいほどの力でねじり上げました!

 「きゃあ!たすけてー!」とグレーテルが叫びました!

 「こら!やめろー!」とヘンゼルも必死に抵抗しました!

 しかし、魔女さんの力はとても強くて、振りほどくことができません。

 「イッヒッヒッヒッヒ……お前たちを美味しく食べてあげるよ!」小柄だと思われた魔女さんの身体がクンと伸びて、兄妹たちを見下ろしました。さっきまでの優しくておかしな魔女さんは、子供を釜戸で焼いて食べてしまう『怖い魔女』だったのです!

 兄妹たちは顔を見合わせました。ヘンゼルがグレーテルに向かって「いくよ!」と合図を送ると、「うん!」グレーテルはすぐに返事をしました。そして息を合わせて、魔女の両腕に思い切り噛みつきました!

 「あああー!痛い!痛い!痛い!こら、そんなところを噛むんじゃない!」魔女はジタバタと暴れまわりますが、兄妹たちは必死になって噛み続けました。そして、とうとう三人一緒に、土の地面に倒れ込みました。お尻を強く打った魔女は「痛たたたた……」と痛がっていて、なかなか起き上がることができません。それを見たヘンゼルは、グレーテルの手をひっぱり、急いで逃げだしました!

 ようやく起き上がった魔女は、強くうったお尻をさすりながら、兄妹たちが逃げた方行を睨みつけました。

 「こうなったら魔法の力をみせてあげるよ。ストームス、グロームス、デロームス……!」と魔女は暗く、低い声で呪文を唱えました。その不気味な杖をぐるん、ぐるんと回して。

〈5〉

 

 ヘンゼルとグレーテルは大急ぎで森の中を駆けぬけました。

 しかしどれだけ前に進んでも、同じ場所に戻ってきてしまいます。二人はお互いの手を強く握りながら、出口を探しました。

 突然、大きな木の枝が、ひゅるるる!と鋭く伸びてきて、ヘンゼルの腰に巻きつきました。

 「何するんだ!はなせよ!」とヘンゼルは叫びました。グレーテルはヘンゼルの手を引っ張り、引きはなそうとしましたが、枝は固くヘンゼルの腰に巻きついて、びくともしません。

 「お兄ちゃん、大丈夫?」とグレーテルが言いました。

 「早く逃げないと魔女につかまっちゃうよ!」

 「この杖の魔法からは逃げられないんだよ」木と木の隙間から、大きくて低い声が聞こえました。杖を持った魔女がそこに立っていたのです。

 兄妹たちは思わず顔を見合わせました。

 「イッヒッヒッヒッッヒ……ストームス、グロームス、デロームス……!檻よ、釜戸よ!出てこい……!」と魔女は再び呪文を唱えました。

 森中が一瞬にして真っ暗になり、ギギギギィーッという大きくて重そうな鉄の扉の開く音が聞こえてきました。

 明るくなると、ヘンゼルに巻きついていた枝が消えていました。

 兄妹たちはおそるおそる辺りを見わたしました。そこには、キャンディー柄の檻と大きな釜戸がありました。釜戸の小窓からは、ごうごうと燃える炎が見えています。

 兄妹たちは古くて冷たいお菓子の家の中へ引きこまれてしまったのでした。

〈6〉

 

 グレーテルはヘンゼルの腕にしがみつき、「お兄ちゃん、怖いよ!」と叫びました。ヘンゼルは小さな手をできるだけ大きく広げて、妹を守りました。

 「さあ、ヘンゼル、おまえはこの檻に入るんだよ。ストームス、グロームス、デロームス……!」と魔女が呪文を唱えました。

 すると、ヘンゼルの両手は勝手に持ち上げられて、身体の自由を奪われてしまいました。

 「あれれれ……?」と驚いたヘンゼルが声を出しました。それから足をバタバタとさせて、家中を何度もいったりきたり走り回り、自分から檻の中に入りました。

 それは、魔女が魔法の力をつかって、思いのままにヘンゼルを操っていたのでした。

 「まあ!どうしたの!?」と、隅っこで膝をついて怖がっていたグレーテルが言いました。

 彼女はすっと立ち上がり、急いで檻に近づいて、ヘンゼルの様子をうかがいました。そしてキャンディー柄の檻に手をあてて、「お兄ちゃん、大丈夫?」と聞きました。

 「イッヒッヒッヒッヒ……グレーテル、まずはおまえを釜戸で焼いて、美味しく食べてあげるよ」と魔女は優しく言いました。

 一息に、力強く、魔女は手を伸ばして、グレーテルを抱きかかえました。

 「きゃあ!やめて!」とグレーテルは金切り声をあげ、身体をばたばたさせて抵抗しました。

 「こら!やめろ!グレーテルをはなせ!」とヘンゼルは叫びながら、くすんだ色の檻を、手当たり次第に叩いたり、蹴飛ばしたり、引っぱったりしました。

 すると、左から二番目の檻の棒が、ボキッという音をたてて折れてしまい、ヘンゼルは簡単に檻の外に出ることができました。魔女は暴れまわるグレーテルを押さえつけることに一生懸命になっていて気づいていません。ヘンゼルは息をひそめて、こっそりと魔女の後ろに忍びより、檻の棒で魔女の頭をポカリッと叩きました!

 「うわあ!痛いー!」と魔女は叫び声をあげて、地面に崩れ落ち、あまりの痛さに気を失いました。

 「やった!やった!お兄ちゃん、すごーい!」とグレーテルは言ってピョンピョン飛びはねて喜びました。ヘンゼルも本当はうれしくて喜びたかったのですが、「シィーッ!静かに!」と人差し指を唇に押しあてて、小声で妹に向かって囁きました。「大丈夫、僕にまかせて」とヘンゼルは大人びた口調で言いました。そしてもう一度、檻の中に入って閉じこめられているふりをしました。グレーテルは「うん!」と返事をして、釜戸の前に立ちました。

 それから、ヘンゼルは地面をどんどんと踏みならして、「あけろー!ここを開けろー!」と叫び、魔女が目を覚ますのを待ちました。

 「痛たたたた……」と魔女は意識を取り戻して、頭をぶるぶると振って起き上がりました。檻に目をやると、ヘンゼルが激しく地団駄を踏んでいました。魔女はその耳障りな音をやめさせようとして、ヘンゼルに向かって「まったく、ガタガタうるさいんだよ!」と詰め寄りました。ヘンゼルは魔女の目をじっと睨みつけました。そうすることで、折れた檻の棒のことを隠せると思ったのです。「おまえはもっと太らせてから食べようかね」と魔女はにやりと笑いながら言って、釜戸の前に立っているグレーテルに目を向けました。そしてもう一度手を伸ばして抱きかかえようとしました。グレーテルは身体を反転させて逃げました。

 そして、ヘンゼルが魔女の後ろに周りこめるようになるべく檻から離れました。「きゃあ!たすけて!」と彼女は大きな声で叫びました。「騒いだって無駄だよ」と魔女はグレーテルに言いました。「大人しく釜戸に入って焼けちまいな!」

 「お兄ちゃん!助けて!お兄ちゃん!」とグレーテルは抵抗しました。魔女はぴたっと動きをとめて、「お兄ちゃん……?」と聞きかえしました。そして勢いよく後ろを振りかえると、今にもヘンゼルが自分の頭を、折れた檻の棒で叩こうとしている姿が目に飛び込んできました。

 ヘンゼルはびっくりして、身体がかちかちに固まってしまいました。

 「もう、グレーテルったら、僕の名前を叫ぶなんて……」とヘンゼルは言いました。魔女はヘンゼルが持っている棒を軽々と奪いとり、ポイっと投げ捨ててしまいました。「なるほど、おまえの仕業だったのかい。ちびのくせになかなかやるじゃないか。よし、いいだろう。おまえから釜戸で焼いてやろう!」

 そのとき、グレーテルが魔法の杖で、魔女の頭をポカリッと叩きました!「ぎゃああああ!」と魔女は絶叫して、目玉からは星が飛び出し、倒れ込みました!

 グレーテルはヘンゼルの真似をして、魔女に気づかれないように、こっそりとドアに立てかけてあった魔法の杖を持ちだしたのです。

 兄妹たちは顔を見合わせて、すぐに魔女が襲ってきてもいいように素早く身構えました。

 「痛たたたた……これは一体どうなっているんだい……?」と魔女が後頭部をさすりながら立ち上がりました。「ああ!何でおまえがその杖を持っているんだい!」、魔女は訳がわからずにうろたえました。そして冷静さを取りもどすように、何度も瞬きを繰り返したあと、グレーテルをじっと見ました。

 「グレーテル……、その杖は危ないからこっちへ渡しなさい。ねえ、お渡し……」と魔女がまるでお母さんみたいな口調で言いました。

 「グレーテル、杖を渡さないで!」とヘンゼルは言いました。

 「わかっているわ!」グレーテルは魔法の杖を両手で抱くように強く持ち直しました。

 「さあ、お渡しよ。グレーテル」と魔女は言いました。まるでお母さんそのものみたいな口調で。

〈7〉

 ヘンゼルは心の中にある『ゆうき』を全部かきあつめて、魔女の腕に思い切り噛みつきました。絶対に離すものかと、最後の力も振り絞りましたが、魔女はヘンゼルを引きはがし、投げとばしました。

 「うわあああ!」とヘンゼルは悲鳴をあげながら、地面にたたきつけられて、うずくまりました。

 「お兄ちゃん!」とグレーテルは叫んで、ヘンゼルに近寄ろうとしましが、魔女がぶわっと大きな手を広げ、行く手を遮りました。

 しかし魔女には、さっきのような力強さはありませんでした。鋭くてぎょろぎょろとした目もうつろになっていました。魔女は魔法の杖を奪われて、『力』を失っていたのです。

 「子供が、そんなものを、持っていては、いけない……」と魔女は力なく呟きながら、グレーテルに襲いかかりました。グレーテルは魔女が襲ってくると、ひょいっと頭を下げて身をかわしました。

 魔女は檻の前をよろよろと歩き、ううううと呻きながら倒れこみました。

 グレーテルは釜戸の前に立って、魔法の杖を両手で掲げました。それから燃え上がる炎をじっと見ました。そして勢いよく魔法の杖を釜戸の中へ投げ入れました!

 釜戸の中で激しく燃える魔法の杖から、グレーテルは目を離すことができませんでした。その炎を眺めていると、思わず自分もそこに入ってみたくなりました。実際に、グレーテルはじりじりと少しずつ、釜戸の方へ近づいていったのでした。しかし、「ああ!なんてことをするんだい……!杖が……、魔法の杖が……!」と魔女が叫びながら、釜戸の前に立っているグレーテルを押しのけました。そして自分から燃え盛る炎の中に入っていきました!

 ヘンゼルとグレーテルは無意識に、釜戸の扉を閉めました!二人ともかたく目をつぶり、何があっても、絶対に絶対に扉が開かないように、全部の力を振り絞って扉を押さえました。

 鋭い爆発音が鳴り響き、兄妹たちは衝撃で吹き飛ばされてしまいましたが、ヘンゼルはグレーテルをしっかりと抱いて身を守りました。そして二人は眠るように気を失いました。

〈8

 太陽があたりにやさしい光を注いでいました。土、草、花、落ち葉、小枝、虫、鳥。

 森の優しい匂いを嗅ぎながら、二人は目を覚ましました。

 「お兄ちゃん、怖かったね……」とグレーテルはヘンゼルに向かって言いました。目からは、ぽろぽろと涙があふれてきました。

 「うん、怖かった……。でも、もう大丈夫。怖くないよ……」ヘンゼルの目にも涙が溢れました。ヘンゼルは、本当は妹の前で泣きたくなかったのですが、そんなことを思えば思うほど、涙があふれて頬を濡らしました。

 「ヘンゼルー……グレーテルー……返事をしておくれー……!」遠くの方で、お父さんとお母さんの声が聞こえてきました。

 「ああ……!お父さんたちだ!」とヘンゼルが声を出しました。そして両手を口の周りにあてて、「お父さーん、お母さーん!ここだよ!ここにいるよー……!」と叫びました。続いてグレーテルも叫びました。両親たちの姿が見えると、二人は急いで駆け出して、「お父さん、遠くへ行ってごめんなさい」、「お母さん!怖かったよ!」と言って抱きつきました。

 「ああ、ヘンゼル!良かった!」とお父さんが喜んで言いました。「グレーテル、とにかく無事でいてくれて、本当によかったわ」とお母さんが泣きながら言いました。

 ヘンゼルはお母さんに、きつく抱かれて苦しかったのですが、それが心地がよくて我慢をしました。

 グレーテルは不思議なキノコのこと、お菓子の家のこと、それに怖い魔女のことをいっぱい話したかったのですが、何から話せばいいのかわからなくて、ずっと、あのね、あのね……としか言えませんでした。

 「わかったよ。さあ、家に帰ろう!」とお父さんは兄妹たちの肩を抱きながら言いました。

 ヘンゼルとグレーテルは顔を見合わせてうなずきました。お父さんとお母さんも目を会わせて笑いました。そして家族四人でお家に帰りました。

 

おわ  

・・・そのときです!

 

 グレーテルが森に戻ってきました。

 どうやら、お昼に食べるはずだったパンの入ったバスケットを忘れて、取りに戻ってきたのでした。

 グレーテルはバスケットを両手で拾い上げると、森の匂いをくんくんと嗅いで、風の音に耳をすませました。すると、微かに甘い香りが漂ってきて、「……私はね……の森に住ん……優し……魔女さ……よ……」とおばあさんの声が聞こえた気がしたのでした。「魔女さんですか!?」とグレーテルは言って、じっと目をみはりました。

 それからグレーテルは、胸の前で小さく手を振り、駆けだしました。

 空を見上げて、森を抜けて、家族の待つ家へと。

おわり

2022年 5

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