日の光が優しく未来を照らして
今更あれこれと言い立ててどうなるというものでもないけれど、今年度は望ましくないことが続き、問題の解決に苦慮した。ミスをフォローするのが代表の役割だとはいえ、全てを迅速に解決することは出来ない。がっかりして、思わず声を荒げてしまう時もあった。真剣になればなるほど、上手くいかなかった時のダメージは大きくて、ときどきふと、「小さなチームを作って生きていくのは、どうせ負けるための過程にすぎないのではないか」と思うこともある。
でも、それでもやはり僕らは、「やれやれくたびれるなあ」と思いながらも、精一杯やっていかなくてはならない。何故なら、ひたむきに生きていくこと、失敗を恐れずにチャレンジすること、それが表現することの意味だと僕は思っているからだ。
僕は自慢じゃないけれど、他人にものを教えることが不得意であり、また他人からものを教わることにも居心地の悪さを感じてしまう。自分一人でぽろ〜んぽろ〜んとウクレレを弾いたり、長い距離をゆっくり走るのは苦痛ではないのだけれど、大勢でテーマパークに行ってはしゃいだり、カラオケに行って騒いだりすることが出来ない。
近しい人は、「上に立つ人間じゃない」、「身勝手な性格」、「横柄な人間」などと言うけれど、そうじゃなくてただ出来ないんだ。教えているうちにいらいらしてきて、言葉が荒くなり、「なんでこんなことがわからないの?」と思ってしまう。本質的に貧乏性でせっかちで器量が小さいというか、とても良い上司にはなれない。この間テレビを見ていたら、演出はしないのかと質問されて、「下手な役者を殺したくなってしまうからダメなんです」とまじめに答えた某有名俳優がいたけれど、その気持ちは僕にもわからないではない(別に殺そうとは思わないが、口はききたくなくなる)。
誰かのそばに寄り添って、その過程を見守り、出来るまで待ち続け、成功に導いてくれる指導者や教育者が世の中にどれほどいるのだろうか。結局は自分一人でこつこつと身につけていくことが上達する一番の近道なのではないか。
ここでいきなりテーゼ。
成長や上達って、自己責任とか自己完結とか自己解決とか自己満足とか自己暗示とか自己嫌悪とかそういう、「自分次第」でどうにかできることまでを言うのであって、その先は運や巡り合わせなんだよ!それで良いじゃん、やれることやったなら!自分、自分、自分がどこまで行けるのかを自分が見届けるんだよ。出し惜しみするな、全てを使い果たせ!
あくまでも私的な営みにおいて、個人的に悩み、内省すること。心の中にあるものを探すこと。心の中の旅をすること。とぼとぼと歩いて、あっちにふらふら、こっちによろよろ……。時には後ろを振り返り、自分の足跡を確かめて地図に書き込みをいれる。疲れたらその場に寝転んで寝てしまおう。やがて美しい日の光が優しく未来を照らしてくれる。さあ、行こうぜ!僕は僕の心の中を旅する旅人。まだ立ち止まるわけにはいかない。
2025年 3月 竹村正之